残業大国ニッポン

僕は働くことについてイロイロ考えていて、コレまでもブログでもいろいろ書いてきたのですが、作家の石田衣良さんが、日本で働く若手のビジネスマンに対して面白い意見を言っていました。少し前のR25の文章ですが、いろいろな人に読んでもらいたいので引用したいと思います。

〜中略〜
まったくもって、ニッポンはあきれるほどの残業大国なのだった。
〜略〜
月に100時間を優にこえる罰ゲームのような残業である。当然、サービス残業なので対価が払われることはない。
〜略〜
読者の多くも、なぜこんなに残業をしなければならないのか、不思議に思っていることだろう。
日本という国のほぼ全事業体で、業務の計画事態になにかとてつもない無理があるのではないか。そう疑いたくなってくるほどだ。
〜中略〜
思い切って、週に3日20〜30代の残業を禁止する法律をつくったらどうだろうか。もちろん、その日はただ家に帰ってごろごろしてはいけない。ちゃんと着替えて夜遊びにいくのである。そうすれば、誰だって嫌でも恋をしたり、会社とは別な友人とのんだり、新たな趣味を始めたりするだろう。夜の街やレジャー産業に落ちる金額も膨大になるだろうし、春のソメイヨシノのように日本中で恋の花が咲き乱れることだろう。
〜中略〜
すでに肉体的な単純労働は、機会やロボットに置き換えられた。精神的な事務処理作業は、コンピュータによって人間よりも遥かに上手に処理されている。
人間に残された労働の核になるのは、機会とコンピュータが不可能な仕事なのだ。要するに創造的な仕事、新しいセンスや、アイデアを必要とする仕事、さらにいえば人と人を結びつける仕事である。
ぼくは現在の過重な残業体制が、日本から創造性を奪っていると思えてならない。真の創造性は生きることをたのしむ余裕から生まれるはずだ。遊びのないところに、新しい創造の芽はない。
なかには、そんな創造性を持った人間など数えるほどしかいない、たいていの若いやつはただ遊んだだけでおしまいだと苦言を言う人もいるだろう。だが、なぜ遊んだだけではいけないのか。すくなくともふらふらに疲れて、いつも悲しい顔をしている若い人が減るだけ、現在の状況よりも遥かにましだと、ぼくなどは思う。

石田衣良 エッセイ「空は、今日も、青いか?」第三十二回から抜粋。

エッセイ中では現在のニッポンの労働環境を憂い、20代〜30代の若者に対する生きるためのパワーについて書いてありますが、仕事以外のことに目を向けることで心にゆとりを持つことが重要だといっています。

僕はコレにプラスして40代以上のマネジメント層+経営者層の人間に対して上記の考えを持って欲しいと思います。

目の前の仕事をちょっと忘れて、本来のあるべき仕事のスタイルや、これから先の目標や夢を落ち着いて考えてみませんか?

気持ちにゆとりを持つことで、今までと何か違うことできると思いませんか?

現実的に"そういう職場になっていること"に対して何かアクションを起こしていきませんか?